Secret Sphere

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ただのにぎやかし 
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キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/26 12:45:02)
散り惜しむことのない桜が舞う。
視界が淡紅色に染まりながらも、魔女は金の櫂で舟を漕ぐ。
この桜は終わりを弔うためか、それとも旅立つ魔女への餞か。
――答える者は、誰もいない。


花筏の中を、魔女の舟は出て行く。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/26 12:44:55)
そして、魔女の舟はゆるりと桟橋を離れる。
木箱の上に置かれたメッセージカードには薔薇の花と、小さなお星様。
舟漕ぐ音に乗って、オルゴールの音色が響く。

広がる青空に星は輝かないけれど。
魔女の旅路を照らしてくれる小さな星は、此処にあった。
When you wish upon a starの旋律は導きの星となって、これからも光り続けるだろう。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/26 12:44:08)
桟橋には魔女が一人。
魔法学園の方向に向き直り、魔女はスカートの端を摘んで、左足を少し引くと。

Icon千々花 - PNo.401
「それでは、ごきげんよう」

舞台を降りる演者さながらの優雅なカーテシー。
魔女は頭を垂れて、再び顔を上げれば笑顔を見せる。

Icon千々花 - PNo.401
「優しい思い出を沢山……ありがとう」

陽の光に透けそうな白髪が、風に舞う。
魔女は帽子を押さえて、目の前に広がる景色を眺めた。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/26 12:37:45)
……この世界に戻れなくて、遠く遠く離れても。
忘れたくない思い出も、いつか見た夢も、言えなかった言葉も、泣きたくなるほどの愛しさも。
全部をこの腕に抱いて、旅に出ればいい。

Icon千々花 - PNo.401
「そろそろ時間ね。……行きましょうか」

桟橋で大人しくしていた三匹のたぬきに、魔女は声を掛けた。
たぬきたちは返事の代わりに立ち上がり、舟の前まで移動する。

桟橋を渡る魔女の右手には、先ほど桜の枝。
旅の終わりを告げるオリーブは、いつかの終わりに貰うことにしよう。

青空のように晴れやかな彼女の表情を見上げてから、たぬきたちは先に舟へ乗った。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/26 12:10:17)
晴れやかな青空の下。
風の音に混ざって聞こえるのは湖面が跳ねる音に、桜が揺れる音。
微かに聞こえてきたのは魔女の歌声だ。

「When you wish upon a star
 Makes no difference who you are」
大好きな曲を口ずさむのは、悲しいからではない。
此処での思い出を忘れずにいられるよう、願いたいから。

「Anything your heart desires
 Will come to you……」
魔女は冷たい風に折れてしまった桜の枝を見つける。
しゃがんで、手を伸ばして拾ってみれば、枝には満開の桜の花。
大樹から離れても永久の春を宿すその姿を見て、魔女はアメトリン色の目を細めた。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/26 11:47:31)
魔女は立ち上がって、両手をぐっと伸ばす。

Icon千々花 - PNo.401
「あぁもう、暗いことばかり考えてたらいけないわ。
明るい気持ちで舟に乗らないと、ローレライに惑わされて迷子になってしまうもの」

魔女が自ら深い水底へ沈めてしまった、淋しさや悲しみ。
ローレライに掬い上げられて、彼女に歌われたいと夢見ることもあった。
偏屈で臆病な魔女はずっと孤独に怯えて嘆いていたなんて、歌にされたらたまったものではない。
魔女は己の浅はかな考えを笑った。

大丈夫。わたしは一人で往ける。
今までも、これからも。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/25 20:35:24)
桜の花びらが舞う。
拭い去った一雫の涙さえも、覆い隠す桜吹雪。
ほんの一日前の出来事がまるで夢のように思えてくるのは、目の前の景色があまりに美しすぎるせい。

淋しさを分かち合ってくれた男の掌を、声を、温もりを思い出す。
ほんのひと時でもそばにいてくれたこと。
この手を離さずに抱きしめてくれたこと。
ただ、嬉しかった。

いつか彼には、行き摺りの関係だったと笑われそうだけど。
……そんな風に笑って、忘れてくれたなら、それで良かった。


愚かな魔女がただ一人、忘れずにいるために。
痛みも悲しみも憎しみも、すべて憶えているために。


――魔女は己を、呪い続けるのだ。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/25 20:15:42)
Icon千々花 - PNo.401
「……こんなみっともないところ見せたら、魔女失格ね」


すん、と鼻を鳴らす。
視界が滲みかけた原因を指先で掬って、空へ放った。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/25 20:12:25)
魔女の孤独な心には、いつしか星屑の少年がいた。
彼と語らうのが楽しくて、彼の笑顔を見るのが好きで、彼の書いた文字が愛しくて。
これは恋だと自覚しながらも、魔女は伝える術を持たずにいた。

愛の言葉も、別れの言葉も言えやしない。
魔女が軽々しく言えるのは、呪いの言葉だけだった。

"……わたしの元へ帰って、
また夕暮れの下で楽しく語らいましょう"

叶えられない約束を交わすことが魔女の定め。
約束は破るためにあるもので、守るものではないからだ。
破られた約束は呪いとなって、約束を交わした相手ではなく――魔女自らへ還る。


キルシェ湖岸にて 千々花 - (2021/12/25 20:11:25)
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